イギリスのコメディアンでミュージシャン。コメディグループのモンティ・パイソンのメンバー。
1943年にイギリスのサウスシールズに生まれた。アイドルの父は英国空軍の軍人だったが、アイドルが2歳のときのクリスマス・イブに交通事故で死去する。その後アイドルは親戚などに預けられ、7歳から大学入学までの12年間、王立の全寮制学校で暮らす。学校は厳格で強制収容所のようだったらしく、アイドルはあまりいい印象を持っていない。
ケンブリッジ大学へ入学し、英文学を専攻する。その年、1963年にケンブリッジ大学のコメディ・サークル『ケンブリッジ・フットライツ』へ入り、後には代表まで務めた。代表時代には、女人禁制制度を廃止し、女性メンバーの加入を正式に認めるなど、数々の改革を行った。大学を卒業後は、キャバレーでの下積みを経て、でラジオやTVの台本の執筆をするようになる。1967年には子供番組『ドゥ・ノット・アジャスト・ユア・セット』に参加。後のパイソンメンバーであるマイケル・ペイリン、テリー・ジョーンズらと組んだ。
1969年にアイドルは他の5人のメンバーと共にモンティ・パイソンを結成、BBCにてTVシリーズ『空飛ぶモンティ・パイソン』の放送が開始された。パイソンの中でのアイドルは一匹狼であり、一人で台本を執筆するのが特徴であった。大学時代に英文学を学んでいたこともあり、「しゃべり」重視の、言葉遊びやワンライナー・ジョークをテンポよく織り交ぜた短いスケッチを多く書いた。また、ミュージシャンでもあるアイドルは、訛りなどのクセのあるしゃべりかたの物まねがうまく、数々の有名人をネタにしたキャラクターを演じている。代表的な出演スケッチに「ナッジナッジ(ちょんちょん、このお!)」「マネー・プログラム」「アナグラムでしゃべる男」「旅行代理店」などがある。その後のパイソン映画にも出演した。
アイドルはビジネスにも長けており、パイソン・レコードやパイソン本の類の考案者はアイドルである。
パイソンの終了後は、当時アイドルが制作していたラジオ番組『ラジオ・ファイブ・オン・ラジオ・ワン』がTV番組化され、『ラトランド・ウィークエンド・テレビジョン』として放送。元ボンゾ・ドッグ・バンドのメンバーであるニール・イネスと制作したこの番組は、セットが天気予報並みという低予算ながら好評を博した。
ザ・ビートルズのパロディバンドであるザ・ラトルズ(The Rutles)のメンバーでもある。実際アイドルにはビートルズと交友関係があり、映画『ライフ・オブ・ブライアン』はジョージ・ハリスンの出資によって完成している。
また、SFコメディ小説も書いている。1993年にリック・モラニス、バーバラ・ハーシー、ジョン・クリーズ、キャサリン・ゼタ=ジョーンズらと共演した『相続王座決定戦』では脚本・主題歌・製作総指揮も担当している。
1995年に出演したクリスティーナ・リッチ主演の『キャスパー』では、悪女とその弁護士という設定でキャシー・モリアーティと嫌味なコンビを演じ、製作総指揮のスティーブン・スピルバーグから大絶賛された。ロビン・ウィリアムスやスティーヴ・マーティンなどと親交がある。現在はアメリカ合衆国に在住し、米人気アニメの『ザ・シンプソンズ』において声優としても活躍している。
2011年8月にアイドル自身が脚本を務めた『スパマロット』の日本公演が決定し、初来日を果たす。駐日英国大使館で執り行われた公演の記者会見では駐日英国大使や日本版の出演者ユースケ・サンタマリアや池田成志らと共に登壇。コメディアンらしくジョークを飛ばしつつも、東日本大震災にも配慮したシリアスなコメントも残している。また、公演の宣伝のためにタモリ司会の『笑っていいとも』にもゲスト出演を果たした。
日本の男性俳優、声優、ナレーター。青二プロダクション所属。東京都出身。
身長180cm、体重90kg。血液型はO型。星座はおとめ座。
主に豪快で熱血感な役柄が多いが、渋い男性や、シリアスな役、冷静で物静かな役など様々な人物を演じ分ける。
コーエーの『戦国無双』シリーズでは、単細胞で暴れん坊の石川五右衛門と冷静沈着で内に情熱を秘めた島津義弘という対照的な二人を演じ分けた。また、主要なキャラクター以外にも、その他一般武将の声を演じ分けており、シリーズを代表する声優の1人と言われることも多い。
『炎神戦隊ゴーオンジャー』の最終回にはバスの運転手役として素顔でも出演している。
特技は少林寺拳法と水泳。
アラジンの大冒険(用心棒、家臣、商人 他)
キャスパー
シュレック3(マーリン)
バットマン:ブレイブ&ボールド(デスペロ)
パパはグーフィー